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AKT. 1 前編

さて、あなたは今、1つの物語を読もうとしている。ディスプレイを通して、もしくはプリントアウトされた紙の上の文字をあなたの目は追いかけている。それは現実に起こった出来事が「私」によって編集され切り取られた物語である。

ある寒い日の昼下がり、私たちは誰もいない教室で冷めかけた紅茶を何杯も飲みながら物語を作り上げた。私たちは確かに存在した。むろん、このような前書きなどなくとも、あなたは(もしくはあなたたちは)、この物語が一体何の物語であり、いつどこで起こった物語であるのかを知っている。あなたは、この本を読もうと決めたその瞬間から、いや、それよりもずっと前から、この物語のことを知っていた。

 

これは、ある学園に入学したナイヌレとピーターとグンナルとナツキの4人が体験した、2016年の春の物語である。しかしこれは、任意の人物(例えば私、そして、あなた あなたがた)もしくは時間の物語でもある。

 いやこれは物語ではない。これは願望であり、しかも非願望である。これは観念や概念ではなく、むしろ実践であり実践の総体なのだ。

 

* * *

 

昔々、一人の男がおりました。男の仕事は、お話を作って語る事でした。

男の最初のお話は、美しく勇敢な王子が悪賢い大ガラスを退治するお話で、物語はとびきりのエンディングを迎えました。男の手によって本になったお話は、多くの人に読まれることになりました。本が開かれるたびに、勇敢な王子は大ガラスとの戦いを繰り返します。「王子様はお姫様と結婚して、それからどうなるの?」一人の子どもがききました。「どうなると思う?」遠くで、男が語りかける声が聞こえてきました。

 

* * *

 

窮屈な入学式とオリエンテーションを終えて講堂から外に出ると、やわらかな風がおろしたての制服の裾をはためかせた。正午の鐘が、街の中央にある時計台から講堂まで響いて聞こえてくる。オリエンテーションで同じグループになったナイヌレたち4人の新入生は、なんとなく気が合ってみんなで昼食を食べようと揃ってレストランへ足を向けた。

学園からほど近い林の中にあるレストランは、彼らと同じように入学式を終えた学園の生徒や上級生、その他の一般客でとても混雑していた。何とか席を確保してランチを注文した4人は、改めて自己紹介を始めた。

空腹のせいか、青い瞳をとろんとさせたキジトラの猫は、名前を名乗るよりも先に「バカです」と口を開いた。まわりがぽかんと彼を見つめていると、キジトラは思い出したかのように「あ、バレエ科の新入生クラスの、ナイヌレです」と再び口を開けた。ナイヌレの隣に座る、頭に鳥の羽を刺した少女が「あ、私もバレエ科の新入生クラス!」と声を上げた。

「私はピーター。女の子なんだけど、ピーターパンに憧れてこの名前なの。みんなピーターって呼んでね。」

にこにこと笑うピーターの向かいに座るフンボルトペンギンが、午後の日差しを浴びて輝く体毛を見せつけるように体をくねらせた。ありもしない前髪をかき上げるしぐさは、彼の中で一番かっこいいと思われる挨拶だった。

「僕はグンナル!僕の名前は北欧神話の英雄からとられていて、君たちと同じ新入生だけど美術科の見習いクラスなんだ」

かっこいい!!と、はやし立てるピーターとナイヌレ、そして得意げに光の下でポーズを決めるグンナルを見つめていた最後の1人が、ぽつりと口を開いた。

「私は、ナツキ。音楽科の見習いクラス。本当はもう少し早く学園に来るつもりだったのだけど道に迷ってしまって、入学時期が遅れたの」

「どれくらい?」

ナイヌレが尋ねると、ナツキは恥ずかしそうに「20年」と返した。

「私は、オートマタだから年はとらないんだけどね。でも、20年も彷徨っていたから、一通りのサバイバルは得意なの」

日本人形に似た黒髪を揺らして、ナツキは恥ずかしそうに笑った。

数分と経たないうちに、女主人が大きな皿を持ってきた。なるほど、混雑するのもそのはずで、料理は程よく暖かく、この地方ならではの食材がふんだんに使われている。ナツキ達4人は食事をとりながら、自分たちの故郷や、学園生活の希望を語り合った。すると、4人の隣のテーブルに座る二人の男たちが「自己紹介だってよ。幸せなもんだ」と聞えよがしに話を始めた。

「本当に。もう何日も同じ日を繰り返しているなんて知らないでさ」

ブツブツと大声で皮肉を言う男たちの会話は、聞くまいと思っていても4人の耳に入ってくる。男の一人は大きな値札の着いたシルクハットをかぶっており、もう一人は落ち着きがなく貧乏ゆすりを繰り返すウサギだった。4人が自分たちの会話を盗み聞きしているのを感じたのか、二人はわざとらしく顔を上げて、4人をにらみつけた。瞬間、奇妙な表情を作って、4人のテーブルにものすごい勢いで押し掛けてきた。

「突然押し掛けて失礼する」

帽子の男は今にもテーブルに乗らんばかりの勢いで唾を飛ばしながら4人に喋りかけた。その声色には先ほどの皮肉は全く感じられなかった。その一方で全身をガタガタと震わせるほどの勢いで貧乏ゆすりを繰り返しているウサギは、「人の話に聞き耳を立てる方が失礼さ」と皮肉を止めない。

「キミたちが、私たちの話に興味があると思ってね」

「無いわけがないさ。だってあんなに真剣に聞いていたんだもの」

帽子の男が真面目に話そうとすればするほどにウサギが横から余計なひと言を言うので、男は怒って「少し黙れよ」と、ウサギを押して下がらせた。

「私たちは実に困っている。そして、私たちの悩みはキミたちとも関係があるのだよ」

そういうと男は、4人の顔を改めてじっと見つめてから、店の壁に掛けられている時計に目をやった。

「キミたちは、時間が止まっていることに気が付いているかね? つまり、毎日夕方の6時になると、朝の8時に逆戻りしているんだ。何日も何日も同じ日を繰り返している。町の誰も、時間が巻戻っていることに気づいていない。この店の女主人は、何度も何度も同じ「日替わり定食」を作っているんだ」

男は、客席の間を急がしそうに給仕している女主人に今の話が聞かれないように声のトーンを少し落とした。

「2時になったら、外から爆竹の音が聞こえてくる」

店の壁掛け時計がポーン、ポーンと2回鐘を鳴らすと同時に、店の外からバチバチと爆竹がはぜる音が聞こえてきた。

「なんとまぁ……」

あっけにとられたナイヌレの顔を凝視して、男はしたり顔で話を続けた。

「ほらな。もう何度も聞いているから覚えてしまった。本当に、何度も繰り返しているんだ……。だが、今日は一つ違うことがあった。君たちだ」

男は、ナイヌレから目を離してピーター、グンナル、ナツキの順にそれぞれの瞳を覗きこんだ。

「同じ制服を着た学生は何度もこの店で見かけた。だが、君たちは初めて見る。自分たちがどこから来たのか、いつ来たのか、昨日何をしていたのか覚えていないか?」

いつ来たのか、と問われて4人はそれぞれ昨日のことを思い出してみた。自分たちの故郷から、もしくは20年間彷徨った街道から昨日この町へたどり着いたこと。昨日の夜は学園の寮で眠り、今朝の9時から入学式とオリエンテーションがあったこと……。自分たちの記憶におかしなところは一切ない。

「キミたちにぜひ頼みがある」

4人の様子を見て、懇願するように帽子の男は言葉をつづけた。「時間を元に戻してくれるように、女王にお願いしてほしい」

「コイツのせいで時間が止まったんだ。こいつが、へたくそな詩を暗唱するもんだから、女王が怒って時間を6時までで止めちまった。女王を怒らせた張本人だから、コイツは面会にも行けやしない」

押しのけられて暫く黙っていたウサギが、ニヤニヤしながら声を上げた。ウサギの言葉を無視するように、帽子の男は言葉をつづけた。

「女王がいるのは、ワンダーランドだ。このレストランを出て、博物館の方に向かうと、その裏庭にはいくつか石が置かれている。中央部に置かれた小さな石が、かつてそこにあった木の根とつながっているんだ。石のわきに、ウサギの穴がある。そこから根伝いに下に降りると、<ワンダーランド>に行くことができる。降り立ったら広いホールに出るから、ホールを出て花畑に向かってくれ。花畑から女王の城までは道なりに進んでいけばたどり着くだろう。」

 男は早口でまくしたてると、くしゃくしゃになった紙幣をポケットから出してテーブルの上に置き、それから女主人に頼んで冷たい水を人数分ボトルに詰めてもらって4人に手渡した。

 「遠出になるから、飲物は持っていたほうが良い。それと、少ないがこのお金を使って必要なものをそろえてくれ。早く出たほうが良い。6時になるまでに、時間をとり戻さなくてはならない」

男の真剣な様子を見ていたウサギは貧乏ゆすりを止めると、ポケットから小さなゼンマイを出してピーターに手渡した。

 「これを時計に指して回せば、少しだけなら時間を戻せる。時間が進みすぎちまって困ったときは、これを使って少しだけ時間を戻せばいい。ただ、おいらたちの時計は壊れちまって、この有様。」

 バターまみれの時計をぶら下げて、ウサギは小さく笑った。「上等のバターなんだがな」と、帽子の男がつぶやいた。

 「誰か時計を持っているやつがいたら、そいつの時計を拝借してくれ。それから、無事に時間を取り戻したら、もう一度ここに寄っておくれよ。お礼はするからさ。」

 言い終えるのが早いか、ウサギはてんで出鱈目な詩を口ずさんで飛び跳ね始めた。

「無駄話をしている暇はない!急いで!急いで!!」

引き受けるとも言わないうちに小銭を握らされた4人は、帽子の男に押し出されるように店を出た。

「どうしよう……」

ピーターが不安そうにつぶやくと、「まぁ、なんとかなるでしょ」とナイヌレは持ち前の能天気さでキオスクに向かって歩き出した。その言葉を聞いたピーターの心はすっかり晴れて、これから起こる冒険への期待に変わっていた。ピーターもまた、軽いステップを踏んでキオスクへ足を向けた。そのあとをグンナルが「あ、おい、まってよ!」と足をパタパタと鳴らしながら追いかける。ナツキは前を走る3人を見つめながら、ナイヌレのと同じく「なんとかなるよね」とつぶやくと、ゆっくりとした歩調で3人の後を追いかけた。




≫AKT. 1 後編

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