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AKT. 1 後編

≫AKT. 1 前編




 町の中に一件しかないキオスクは、ヨーロッパの多くの街にあるキオスクと同様に小さな新聞スタンドに近い様相をしている。簡単な雑貨やお菓子、それから学生たちが使いそうな道具が少しだけ揃えてある。4人は、手持ちのお金と、帽子の男からもらったお金で必要そうな物資を買い込むと、早速博物館に向かって足を進めた。

 博物館の裏にたどり着いた4人は、帽子の男に聞いていた通りの小さい石と、そのわきにあるウサギ穴を発見した。いざ、穴に入ろうとした瞬間、チョッキを着た白ウサギが猛スピードで駆けてきた。と言っても、ウサギのスピードはたかが知れており、更に二足歩行で走っているものだから実にゆっくりとしたスピードで、急いでいるようにはとても見えなかったのだが、彼の額から噴き出す汗と息遣いは、確かに急いでいる生き物のものだった。

 「ああ、たいへんだ!たいへんだ!!もう二時半だ!!遅刻してしまう」

どたどたと走るウサギは、穴の前で固まっている四人を見つけると、「どいてくれ!」と4人を押しのけてわれ先に穴に入ろうとした。しかし、このゆっくりとした動きで進むうさぎが先に穴に入ると、女王の前にたどり着くのに何時間かかるかわかったもんじゃない。

 「どうしよう……」とピーターが呟くと、グンナルが「僕たちの方が先に来てたんだから、先だよ!」といってウサギの腕を引っ張った。4人がかりでウサギを無理やり穴から遠ざけようとすると、ウサギはもともと赤い目をことさらに赤く染めて怒鳴りだした。

 「私の方が急いでいるんだ!!」

 大声を上げ威嚇体制に入ったウサギは、手に持っているステッキで4人に殴り掛かった。急に襲いかかってきたウサギに驚いた4人は、とにかく自分たちの持てる技能や技術の限りを使い応戦することにした。

 「こ、小石!!小石を投げる!!」

そういうとナイヌレはその辺にある草や土をこねて急ごしらえの小石のイミテーションを作り、ウサギに向かって投げつけようとした。が、急ごしらえの小石はウサギに当たるよりも早く空中分解してしまった。急に狂暴になったウサギの表情は、ナイヌレをビビらせるには十分以上の形相をしていたのだ。

そんなナイヌレを元気づけるように、ナツキはドレミの歌を歌った。20年間サバイバルで鍛えた度胸はたいしたもので、落ち着いて歌うナツキの歌はとても美しく、彼女が歌い終わる頃には4人はなんだかうきうきとした気持ちになっていた。「次は僕だね!」と調子づいたグンナルは、勢いよくウサギの脇に走り込むと、ひょぃっと彼の胸ポケットに入っていた懐中時計をかすめ取った。もちろん、ありもしない前髪をかきあげるようなキメポーズも忘れない。

「あっあっ!何をする!!」

フンボルトペンギンの予想外の素早い身のこなしに驚いたウサギはあたふたとポケットに手をかざしたが、そこには懐中時計の鎖すら残っていなかった。そこにピーターが即席の強風装置で思いっきり風を吹かしたので、ウサギは勢いに気おされて受け身も取れずにひっくりかえってしまった。

ナツキの歌で落ち着きを取り戻したナイヌレが、「今度こそ!」と再び小石を作ってウサギにぶつけると同時にグンナルが持っていたスケッチブックで思いっきりウサギに殴り掛かった。バン、バン、と何度も全力で叩きつけたおかげでスケッチブックは少し赤く染まってしまったが、4人は何とかウサギを気絶させることに成功した。

 倒れたウサギは白目をむいて、簡単には目をさましそうになかった。

 「コイツ、時計以外にもなんか持ってるんじゃない?」

 ナイヌレは、ウサギのチョッキの盛り上がりをじっと見ながらぼそっと呟いた。

 「そんな……倒れている人のものを取っちゃ駄目でしょ!」

 ナツキがあわててナイヌレを止めようとしたが、グンナルとピーターが既にウサギのチョッキを脱がせてポケットの中から財布を取り出していた。

 「あ、お金持ってるじゃん」

 そういうと、グンナルはさっさと中の硬貨を4人に分けて渡した。ピーターが「いただいていきます」といって空になった財布をウサギの服の上に置こうとしたが、ナイヌレが「何かの役に立つかもしれないから」と自分のポケットにしまい込んだ。なんだか、とんでもない人たちと行動を一緒にしてしまったかもしれない、とナツキはドキドキしながら硬貨を受け取り、自分の財布にしまい込んだ。

 

 さて、4人は意気揚々とウサギ穴に飛び込んだ。穴は、しばらく緩やかなトンネルのようにまっすぐ続いていたが、急にぽっかりと下に穴が開いて4人は足を踏み外してまっさかさまに落ちていった。周りが木の根でおおわれているためか、木の壁に囲まれた深い井戸を落ちていくような不思議な感覚だった。早く落ちているのか、それともそこまで早いスピードではないのか、そもそも落ちているのか浮かんでいるのかわからなくなって、4人はとにかくふわふわとした感覚に身を任せていた。辺りは真っ暗だったが、暗視のきくナイヌレが、うすぼんやりと辺りを見渡して、「本棚と食器棚がいっぱい。地図や絵があちこちに掛かってるね」というと、ナツキは壁に向かって腕を伸ばし、手探りで棚から瓶を一つ取り上げた。それをナイヌレに手渡すと、ナイヌレはふたを開けて中身を確認した。中には紙切れが1枚。何かの文字が欠いてある。

 「これ、何の暗号?」

 グンナルが、ナイヌレの読み上げた暗号について尋ねたが、4人には何のことやらさっぱりわからず、とりあえずナツキは取り上げた紙と瓶をポケットにしまった。それからは特に何かを見つけることもなく、再び浮遊する感覚に身を任せていた。ピーターが浮遊の気持ちよさでうとうとと眠たくなってきた辺りで、4人は急に枯草と小枝の上に落っこちた。枯草と小枝がクッションになってダメージは全くなかったものの、元気に立ち上がるには体が少しふらついていた。

 

 やっとこさ体を起こすと、そこは長くて天井の低い廊下だった。向かって左側に扉が3つ、右側には扉が一つあり、扉以外には特に何も見当たらない。遠い天井からはランプが一列にぶら下がっており、空を見上げたナツキはその眩しさに目を細めた。石造りの床はきれいに掃除がされているようで、塵1つ見当たらない。

 「ここ、何処だろう」

 きょろきょろと周りを見渡したピーターに、「危険はないっポイね」と鼻をすすりながらナイヌレが答えた。

 「えーっと、とりあえず、扉が4つあるからみんな一つずつ扉を開けてみない?」

 ナツキが提案すると、「じゃあ、僕こっちの右の扉」と、グンナルが早速扉に向かって足を進めた。残りの3人も適当に扉の前に立つと、「せーの」と声を合わせてドアノブに手をかけた。

 カチャン、と軽い音がして扉が開いたのは左側手前の2つの扉のみで、一番初めに右の扉に足を向けたグンナルは残念そうに「なーんだ、ハズレ」と呟いた。それから「ねぇ、みんな。このドア開かないんだけど、下に小さな扉があるんだよ。こっちは開けられるんだけど、どう頑張ってもぼくたちじゃあ通れそうにない。でも、扉の奥は綺麗な花畑だよ」と3人に聞こえるように大声を上げた。

 「私の開けようとしたドア、扉の横にキーパネルがあったの。なにかのパスワードを入れないとあかないのかもしれない。とりあえず、2つの扉があいたし、二人ずつペアになって部屋にはいろっか。」

 再びナツキが提案し、一番手前の部屋にナイヌレとナツキが、2番目の部屋にピーターとグンナルがそれぞれ入り部屋を探索することにした。

 

 ナイヌレとナツキが入った部屋は、どうやら寝室のようだった。六畳ほどの広さの部屋で、ベッド、散らかった机、衣装ダンスが置かれており、床にはカーペットが敷かれていた。ナイヌレは、机の上に散らかった紙類の中から文字が書かれた紙を1枚見つけ出した。

「ね、ね、これ、何かのヒントじゃないかなぁ?」

そういってナイヌレがナツキを振り返ると、彼女は見つけたチョコレートを自分のポケットにしまいこんでいるところだった。

 

 一方、ピーターとグンナルが入った部屋は、調度品から判断すると応接室のようだった。ドアから入ってすぐの場所に観葉植物の鉢が一つおかれ、部屋の中央には応接セットがある。壁際には本がたくさん詰まった本棚が置かれていた。

 「なにかあるかなぁ」

ピーターは本棚に入れられた本の背表紙を見ながらグンナルに尋ねた。「どうだろうね」と返したグンナルは、応接セットのソファの上に深く腰を落ち着かせていた。二人が「あ」と声を上げた瞬間はほぼ同時で、ピーターはブックリストを、グンナルは小さな紙片をつまみ上げていた。「どうする?」と聞くピーターにグンナルは、「とりあえず部屋を出て二人と合流しよう」と答えた。

 

ピーターとグンナルが扉を開けた時、丁度同じタイミングでナイヌレとナツキが部屋から出てきた。四人は顔を合わせて、それぞれの収穫を報告し合った。

「それで、これってなんだろう?」

集めた紙類を見比べながら頭をひねってみたが、うんともすんとも答えは出そうにない。ぐるぐると廊下を歩きまわっていたグンナルは、にわかに何かをひらめいて「エウレカ!」と叫んだ。その一言に影響されたのか、ナツキははっとして一枚の紙片を取り上げると、先ほど自分が開けようとして叶わなかった扉へ向かって歩き出した。ナツキがタッチパネルのいくつかのキーに触れると、ピーという電子音がして扉の鍵が開いた。

 「やった、すごい!!」称賛の声が上がり、ナツキは揚々として扉に手をかけた。部屋の中は小さなキッチンで、二口コンロと冷蔵庫、ダイニングテーブルが一つ。ダイニングテーブルの上に置いてあるカードをナツキがつまみ上げた時、鼻ざといナイヌレは冷蔵庫の中からイチゴのタルトを見つけ出した。「美味しそうな匂いがしたんだ」と嬉しそうに言うナイヌレを「後でお茶と食べようよ」とピーターが制し、イチゴのタルトはお預けとなってしまった。

 

 カードにはなぞなぞのような文章が書かれており、先ほどの紙片と相まって四人は余計に混乱していた。「つまり、それで、結局、」とグンナルは唸るようなつぶやき声を発していたし、黙って静かに考え込むナツキはどうみても動かないこけし人形そのものだった。早々に考えることをあきらめたナイヌレはピーターの裾を引っ張って彼女が必死に意識を紙片に向けようとするのを邪魔しまくっていた。

 「わからない?」

 何もないところから不意に声が聞こえてきたので、四人は驚いて「な、なんじゃぁ?!」と変な声が出た。ランプの上ににやにやと笑う歯が浮かんだかと思うと、その歯の持ち猫が姿を現した。

 「何に悩んでいるかわからない?そもそも悩んでいるのか?いないのか?」

 にやにやと笑いながらおかしなことを言う猫にはナイヌレ「僕ばかだから、この紙に書いてあるのがよくわからないんだ」と返した。「見せてみなよ」と猫は紙片を一瞥すると、もごもごとネコ語でヒントを言ってそのまますぅっと消えてしまった。「何を言ってたの?」とナツキが尋ねると、ナイヌレは猫が行ったことをみんなにわかるように言って話した。

 「あ、それじゃあもしかして」とピーターがブックリストを眺めて、その中の一冊を本棚から取り出すと本のなかはくりぬかれていて中に「私を飲んで」と書かれたビンが入っていた。

 「これ、毒じゃないよね?」と不安そうに言うグンナルに「大丈夫だよ、多分」と軽い調子でピーターが答えた。みんなで1/4ずつ瓶の中身を飲み干すと、見る見るうちに四人の姿が縮み始めた。「あ、この大きさだったら、さっき僕が開けようとした扉の下のドアが通りぬけられるかも。」グンナルがそういうと、ドアに向かって走り出した。「うん、やっぱり。みんなもおいでよ。綺麗な花畑だ」その声に残る三人はグンナルの後を追ってドアを潜り抜けた。確かに、ドアの向こうはとても美しい花畑で、遠くには女王の城らしいものも見える。

 「やった、目的地までもうすぐだ!!」

 四人は花畑を歩き始めた。10分ほど歩いたころだろうか。ナイヌレが「嫌な予感がする」と呟き、尻尾をピンと立てて落ち着きなくきょろきょろと周りを見渡し始めた。すると生垣の中から、大きな白い犬が跳びだしてきた。「きゃー!!」とピーターが叫ぶと、犬は嬉しそうにピーターの後を追いかけ始めた。「ど、ど、どうする?!」グンナルは驚いて引け腰になっている。「い、犬って逃げていくものを追いかけるんじゃなかったっけ?」ナツキが言うと、ナイヌレは先ほどウサギからひったくった空の財布を遠くに向かって投げた。財布に気を取られた犬が走っていったので、四人は急いで目的方向に向かって走り出した。ひとしきり走って息が切れたころ、四人は真っ白いかわいらしい二階建ての家を見つけた。家の玄関にはピカピカの真鍮の板がかかっていて、白ウサギと名前が彫ってある。「白ウサギって、さっきグンナルがタコ殴りにしたから今いないんじゃない?ちょっと休憩しようよ」そういうと、ナイヌレはさっさと扉に手をかけた。ドアには鍵がかかっていなかったので、四人は簡単に家の中に入ることができた。中は綺麗に掃除がされていた。「ウサギの家、結構きれいじゃん」とグンナルは興味深そうに二階に歩を進めた。二階は四畳半ほどの小さな部屋だった。窓際のテーブルの上に置かれたキャンディをグンナルの後について二階に上がっていたピーターが手に取ろうとした時、窓の外を掃除していたトカゲの掃除男と目があった。トカゲはビックリ驚いて「おっおっ、おまいら、オラのご主人様の家に何勝手に入ってるっぺ!!」と大声を上げた。彼は大急ぎで家に梯子をかけ、屋根の上に上ると煙突から二階に下りてきた。怒ったトカゲはグンナルに襲い掛かろうとしたが、彼の主人の血で赤く染まったスケッチブックの連打がさく裂し、トカゲは入ってきた暖炉から外に吹き飛ばされていった。「大丈夫…?」とナツキが心配そうに尋ねると、グンナルはにっこり笑って「大丈夫さ」とありもしない前髪をかきあげた。

 

 ウサギの家を出た四人は女王の城まで急ぎ足で歩いていた。ピーターのポケットの中でコチコチと鳴る懐中時計の音がみんなの足を急がせていたのだ。道中、トランプの兵隊が幾度となく四人を襲ってきたが、その度にグンナルのスケッチブックがさく裂し、襲いかかられることに慣れてきたナイヌレは次第に上手く小石を投げられるようになってきた。ピーターに至っては、余裕の踊りを見せて周りを驚かすほどであった。ナツキは安定した音程で歌を歌い続け、味方の精神を保ち続けていた。

 

 約一時間ほどかかっただろうか。四人はついに女王の城にたどり着いた。不用心にも門番はおらず、四人が扉を開けると、ちょうど女王がクロッケーコートに向かって中庭を横断しているところだった。

 

 四人はわき目もふらずに女王に向かって走りよっていった。ナツキが綺麗なお辞儀をして女王に挨拶をし、時間を戻してほしいと伝えた。

 「時間を戻す?繰り返している方が楽しいさね。フン、タダでは戻してやることはできないねぇ。」

 女王は四人をちらちらと見ると、面白いことを思いついたといった表情で言葉をつづけた。

 「ここに、ハートのジャックという者がおってな。こやつはこともあろうか私が作ったイチゴのタルトを盗み出しおった。その罪でクロッケーの後に裁判にかけようと思っていたのだが、丁度いい。お前たちこのジャックと闘って、勝つことが出来たら時間を巻き戻すことができるゼンマイをくれてやろう」

 にやりと笑いながら女王はジャックを向き直り、「あの者たちを倒すことができればお前の罪は問わないよ」と言った。女王の言葉を聞いて、はっとしたピーターが大声を上げた。

 「女王様!ジャックはタルトを盗っていません!!ジャックにとられる前に、私たちがタルトを保護したんです!」

 ピーターは、鞄の中からイチゴのタルトを取り出した。

 「フン、そんなこと言って、あとでお前達が食べようと思っていたのだろう。そもそも、私の冷蔵庫から勝手にタルトを持ち出すなんて、お前たちどういうつもりだ!!ジャック!こいつらをやっつけておしまい!!」「Yes, Your Majesty!」

 自分の罪が晴れた喜びからか、ジャックは嬉しそうに返事をすると四人に向かって剣を振り上げた。ジャックの振り上げた剣先を寸でのところでひらりと避けたピーターは、ジャックから距離を置いて後方へと下がった。ナツキは慌てて手荷物から楽譜を取り出し何曲か歌を歌おうと試みたが緊張のためかなかなかうまく歌うことが出来なかった。愉快そうに剣を振り上げるジャックのすきをついたナイヌレが泥やごみクズをまとめて簡単な小石を作りジャックに向かって投げようと試みたが、てんで遠くの方向に飛んで行ってしまった。一同を落ち着かせるように颯爽と飛び出したグンナルが、既に何度も間違えた使用をしたことで今や血が滴るスケッチブックを振り上げてジャックに殴り掛かって行った。バコンバコンと決して軽くない音を立ててスケッチブックはジャックに幾度となく振り下ろされた。体制を崩し、怒ったジャックが再び剣を振り上げたがピーターはその切っ先を飛び越えて避けた。その時、ナイヌレが、今度こそはと捏ね上げた特製の小石玉がジャックの脳天にぶち当たる。目を回したジャックはそのままその場に倒れ込んでしまった。

 

 「なんじゃ、もう終わりか」ジャックの倒れる様子を見て女王は心底つまらなそうにつぶやくと、ナツキ達に向かって「うむ、まぁ楽しいひと時であった。これ、そこのおかっぱの娘。このネジをおまえにやろう。」というと、真鍮で出来た小さなネジを手渡した。「このネジを、どれでも構わん、手持ちの時計に指して巻けば時は動き出すだろう。ここに留まって私とクロッケーをしても構わぬが、元の場所に戻りたいと思うのならばそこの茂みにウサギの掘った穴がある。そこから戻ることができるだろう」言い終えるやいなや、女王はさっさとクロッケー場に向かって歩き出した。ネズミが数匹、ジャックの身体をどこかに運んでしまうと中庭はしんと静まり返った。

 ナツキからネジを受け取ったピーターが懐中時計にネジを巻くと、キリキリと小さな音を立てて時計は動き出した。「おわった…のか?」そうグンナルが呟くと、疲れた顔をしたナツキが「とりあえず帰ろう」と呟いた。ナイヌレを先頭にウサギの穴に向かうと、四人はたちまち穴のなかへまっさかさま。気が付けば、博物館の裏手に座り込んでいた。

 

 「ね、あの帽子のおじさん、とりあえず終わったらもう一度レストランえびねに来てくれって言わなかったっけ?」というナイヌレの一言で、四人はそろってレストランえびねへと足を向けた。

 

 レストランえびねではディナータイムが始まっており、中は多くの人でにぎわっていた。その中でも特ににぎやかだったのが帽子をかぶった男とウサギの二人組で、飲んでは歌い、歌っては踊るのどんちゃん騒ぎを繰り返していた。「や、英雄たちのお出ました!」とウサギが叫ぶと帽子をかぶった男は「お帰りだ、お帰りだ」とビールを浴び始めた。

 「素晴らしい!実にすばらしい!!」ビールまみれの手でピーターに握手をした帽子屋は、全員に2000カネーをふるまい、ウサギは古い本のページをナツキに手渡した。「これはね、かつて終わったはずの『物語』の最後に記されたページなんだ。この意味、君たちにはわかるかい?」英語で記された言葉の意味を、四人ははかりかねていた。「いずれにせよ、今日はお祝いだ。難しいことを考えずにジャンジャンやってくれ!!」ダース単位で注文されるビールを見ながら、四人は明日以降の学園生活に思いをはせていた。

 

金冠町にいつも通り、今日も夜が訪れた。

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AKT. 1 前編

さて、あなたは今、1つの物語を読もうとしている。ディスプレイを通して、もしくはプリントアウトされた紙の上の文字をあなたの目は追いかけている。それは現実に起こった出来事が「私」によって編集され切り取られた物語である。

ある寒い日の昼下がり、私たちは誰もいない教室で冷めかけた紅茶を何杯も飲みながら物語を作り上げた。私たちは確かに存在した。むろん、このような前書きなどなくとも、あなたは(もしくはあなたたちは)、この物語が一体何の物語であり、いつどこで起こった物語であるのかを知っている。あなたは、この本を読もうと決めたその瞬間から、いや、それよりもずっと前から、この物語のことを知っていた。

 

これは、ある学園に入学したナイヌレとピーターとグンナルとナツキの4人が体験した、2016年の春の物語である。しかしこれは、任意の人物(例えば私、そして、あなた あなたがた)もしくは時間の物語でもある。

 いやこれは物語ではない。これは願望であり、しかも非願望である。これは観念や概念ではなく、むしろ実践であり実践の総体なのだ。

 

* * *

 

昔々、一人の男がおりました。男の仕事は、お話を作って語る事でした。

男の最初のお話は、美しく勇敢な王子が悪賢い大ガラスを退治するお話で、物語はとびきりのエンディングを迎えました。男の手によって本になったお話は、多くの人に読まれることになりました。本が開かれるたびに、勇敢な王子は大ガラスとの戦いを繰り返します。「王子様はお姫様と結婚して、それからどうなるの?」一人の子どもがききました。「どうなると思う?」遠くで、男が語りかける声が聞こえてきました。

 

* * *

 

窮屈な入学式とオリエンテーションを終えて講堂から外に出ると、やわらかな風がおろしたての制服の裾をはためかせた。正午の鐘が、街の中央にある時計台から講堂まで響いて聞こえてくる。オリエンテーションで同じグループになったナイヌレたち4人の新入生は、なんとなく気が合ってみんなで昼食を食べようと揃ってレストランへ足を向けた。

学園からほど近い林の中にあるレストランは、彼らと同じように入学式を終えた学園の生徒や上級生、その他の一般客でとても混雑していた。何とか席を確保してランチを注文した4人は、改めて自己紹介を始めた。

空腹のせいか、青い瞳をとろんとさせたキジトラの猫は、名前を名乗るよりも先に「バカです」と口を開いた。まわりがぽかんと彼を見つめていると、キジトラは思い出したかのように「あ、バレエ科の新入生クラスの、ナイヌレです」と再び口を開けた。ナイヌレの隣に座る、頭に鳥の羽を刺した少女が「あ、私もバレエ科の新入生クラス!」と声を上げた。

「私はピーター。女の子なんだけど、ピーターパンに憧れてこの名前なの。みんなピーターって呼んでね。」

にこにこと笑うピーターの向かいに座るフンボルトペンギンが、午後の日差しを浴びて輝く体毛を見せつけるように体をくねらせた。ありもしない前髪をかき上げるしぐさは、彼の中で一番かっこいいと思われる挨拶だった。

「僕はグンナル!僕の名前は北欧神話の英雄からとられていて、君たちと同じ新入生だけど美術科の見習いクラスなんだ」

かっこいい!!と、はやし立てるピーターとナイヌレ、そして得意げに光の下でポーズを決めるグンナルを見つめていた最後の1人が、ぽつりと口を開いた。

「私は、ナツキ。音楽科の見習いクラス。本当はもう少し早く学園に来るつもりだったのだけど道に迷ってしまって、入学時期が遅れたの」

「どれくらい?」

ナイヌレが尋ねると、ナツキは恥ずかしそうに「20年」と返した。

「私は、オートマタだから年はとらないんだけどね。でも、20年も彷徨っていたから、一通りのサバイバルは得意なの」

日本人形に似た黒髪を揺らして、ナツキは恥ずかしそうに笑った。

数分と経たないうちに、女主人が大きな皿を持ってきた。なるほど、混雑するのもそのはずで、料理は程よく暖かく、この地方ならではの食材がふんだんに使われている。ナツキ達4人は食事をとりながら、自分たちの故郷や、学園生活の希望を語り合った。すると、4人の隣のテーブルに座る二人の男たちが「自己紹介だってよ。幸せなもんだ」と聞えよがしに話を始めた。

「本当に。もう何日も同じ日を繰り返しているなんて知らないでさ」

ブツブツと大声で皮肉を言う男たちの会話は、聞くまいと思っていても4人の耳に入ってくる。男の一人は大きな値札の着いたシルクハットをかぶっており、もう一人は落ち着きがなく貧乏ゆすりを繰り返すウサギだった。4人が自分たちの会話を盗み聞きしているのを感じたのか、二人はわざとらしく顔を上げて、4人をにらみつけた。瞬間、奇妙な表情を作って、4人のテーブルにものすごい勢いで押し掛けてきた。

「突然押し掛けて失礼する」

帽子の男は今にもテーブルに乗らんばかりの勢いで唾を飛ばしながら4人に喋りかけた。その声色には先ほどの皮肉は全く感じられなかった。その一方で全身をガタガタと震わせるほどの勢いで貧乏ゆすりを繰り返しているウサギは、「人の話に聞き耳を立てる方が失礼さ」と皮肉を止めない。

「キミたちが、私たちの話に興味があると思ってね」

「無いわけがないさ。だってあんなに真剣に聞いていたんだもの」

帽子の男が真面目に話そうとすればするほどにウサギが横から余計なひと言を言うので、男は怒って「少し黙れよ」と、ウサギを押して下がらせた。

「私たちは実に困っている。そして、私たちの悩みはキミたちとも関係があるのだよ」

そういうと男は、4人の顔を改めてじっと見つめてから、店の壁に掛けられている時計に目をやった。

「キミたちは、時間が止まっていることに気が付いているかね? つまり、毎日夕方の6時になると、朝の8時に逆戻りしているんだ。何日も何日も同じ日を繰り返している。町の誰も、時間が巻戻っていることに気づいていない。この店の女主人は、何度も何度も同じ「日替わり定食」を作っているんだ」

男は、客席の間を急がしそうに給仕している女主人に今の話が聞かれないように声のトーンを少し落とした。

「2時になったら、外から爆竹の音が聞こえてくる」

店の壁掛け時計がポーン、ポーンと2回鐘を鳴らすと同時に、店の外からバチバチと爆竹がはぜる音が聞こえてきた。

「なんとまぁ……」

あっけにとられたナイヌレの顔を凝視して、男はしたり顔で話を続けた。

「ほらな。もう何度も聞いているから覚えてしまった。本当に、何度も繰り返しているんだ……。だが、今日は一つ違うことがあった。君たちだ」

男は、ナイヌレから目を離してピーター、グンナル、ナツキの順にそれぞれの瞳を覗きこんだ。

「同じ制服を着た学生は何度もこの店で見かけた。だが、君たちは初めて見る。自分たちがどこから来たのか、いつ来たのか、昨日何をしていたのか覚えていないか?」

いつ来たのか、と問われて4人はそれぞれ昨日のことを思い出してみた。自分たちの故郷から、もしくは20年間彷徨った街道から昨日この町へたどり着いたこと。昨日の夜は学園の寮で眠り、今朝の9時から入学式とオリエンテーションがあったこと……。自分たちの記憶におかしなところは一切ない。

「キミたちにぜひ頼みがある」

4人の様子を見て、懇願するように帽子の男は言葉をつづけた。「時間を元に戻してくれるように、女王にお願いしてほしい」

「コイツのせいで時間が止まったんだ。こいつが、へたくそな詩を暗唱するもんだから、女王が怒って時間を6時までで止めちまった。女王を怒らせた張本人だから、コイツは面会にも行けやしない」

押しのけられて暫く黙っていたウサギが、ニヤニヤしながら声を上げた。ウサギの言葉を無視するように、帽子の男は言葉をつづけた。

「女王がいるのは、ワンダーランドだ。このレストランを出て、博物館の方に向かうと、その裏庭にはいくつか石が置かれている。中央部に置かれた小さな石が、かつてそこにあった木の根とつながっているんだ。石のわきに、ウサギの穴がある。そこから根伝いに下に降りると、<ワンダーランド>に行くことができる。降り立ったら広いホールに出るから、ホールを出て花畑に向かってくれ。花畑から女王の城までは道なりに進んでいけばたどり着くだろう。」

 男は早口でまくしたてると、くしゃくしゃになった紙幣をポケットから出してテーブルの上に置き、それから女主人に頼んで冷たい水を人数分ボトルに詰めてもらって4人に手渡した。

 「遠出になるから、飲物は持っていたほうが良い。それと、少ないがこのお金を使って必要なものをそろえてくれ。早く出たほうが良い。6時になるまでに、時間をとり戻さなくてはならない」

男の真剣な様子を見ていたウサギは貧乏ゆすりを止めると、ポケットから小さなゼンマイを出してピーターに手渡した。

 「これを時計に指して回せば、少しだけなら時間を戻せる。時間が進みすぎちまって困ったときは、これを使って少しだけ時間を戻せばいい。ただ、おいらたちの時計は壊れちまって、この有様。」

 バターまみれの時計をぶら下げて、ウサギは小さく笑った。「上等のバターなんだがな」と、帽子の男がつぶやいた。

 「誰か時計を持っているやつがいたら、そいつの時計を拝借してくれ。それから、無事に時間を取り戻したら、もう一度ここに寄っておくれよ。お礼はするからさ。」

 言い終えるのが早いか、ウサギはてんで出鱈目な詩を口ずさんで飛び跳ね始めた。

「無駄話をしている暇はない!急いで!急いで!!」

引き受けるとも言わないうちに小銭を握らされた4人は、帽子の男に押し出されるように店を出た。

「どうしよう……」

ピーターが不安そうにつぶやくと、「まぁ、なんとかなるでしょ」とナイヌレは持ち前の能天気さでキオスクに向かって歩き出した。その言葉を聞いたピーターの心はすっかり晴れて、これから起こる冒険への期待に変わっていた。ピーターもまた、軽いステップを踏んでキオスクへ足を向けた。そのあとをグンナルが「あ、おい、まってよ!」と足をパタパタと鳴らしながら追いかける。ナツキは前を走る3人を見つめながら、ナイヌレのと同じく「なんとかなるよね」とつぶやくと、ゆっくりとした歩調で3人の後を追いかけた。




≫AKT. 1 後編

プリンセスチュチュ TRPG

【プリンセスチュチュTRPGって何?】
 このTRPGは、『ソード・ワールド2.0』のルールを参考にして作成した『プリンセスチュチュTRPG』というオリジナルのルールブックによって成り立っています。TRPGについて詳しく知りたい方は、ググってください。

【世界観は?】
 物語の舞台は金冠町です。プレイヤーは金冠学園の生徒として学園生活をおくるところからスタートします。 リンク先ページでは、2016年1月30日に行われた『プリンセスチュチュTRPG』のリプレイであり、金冠町で起こったある事件のまとめでもあります。

【プレイヤー紹介】
・ナイヌレ(ぽとむ 
@p0tt0m
・グンナル(まりも @miramarimo
・ピーター(うお @kyujitsu_uo
・ナツキ(はる @hiro_snnm
・GM(まのん @manon_niku



AKT. 1

前編 ・ 後編


プロフィール

HN:
うお
性別:
非公開
自己紹介:
■マルチな絵描きを目指す/差愛/週に3日休日欲しい
■応援:プリンセスチュチュ/APH/セラムン/遙か/あんだろ/TheSnowQueen/花咲ける/ぼく地球/マシュランボー/アムドラ/十兵衛ちゃん/enix/コーセルテル/レジェンズ/幻水/犬夜叉/福袋/BLOOD+/怪盗J/をっち/まほよめ/まりメラ/ladybug/世界地図/etc.

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